デザインを学びはじめた人が最初に直面するのは、「ユーザーを理解する」という課題です。色やレイアウトなどヴィジュアルを工夫することも大切ですが、本当の意味で「人に届くデザイン」をつくるには、ユーザーが何を考え、どんな行動をしているのかを深く理解することが欠かせません。また、競争力のある商品やサービスを創出する上においても「「一次情報」は不可欠なのです。
デザイナーがユーザー行動を理解する上で必要になる「一次情報」。一次情報とは、自分自身が直接観察したり、ユーザーに話を聞いたりして得られる情報を指します。インターネットや本などを介して得られる情報(二次情報)とは異なり、一次情報にはユーザーの生の声や行動が詰まっています。
本記事では、デザイナーがなぜ一次情報を重視すべきなのか、その具体的な収集方法、活用のポイントを解説します。
ストラテジック・デザイナー
T.M.
デザインの現場では「ユーザー中心」という考え方が当たり前になっています。しかし、実際にユーザーを理解しようとするとき、インターネットの情報や書籍といった二次情報に頼るだけでは不十分です。統計データや市場レポート、書籍などの二次情報は確かに参考にはなりますが、そこから得られるのはあくまで「誰かが整理・解釈したユーザー像」に過ぎません。デザイナーが真に必要とするのは、まだ他者によって加工されていない「生の声」や「リアルな行動」です。だからこそ、一次情報を重視する姿勢は欠かせません。
一次情報とは、「実際の現場から直接得られた情報」を指しますが、具体的には以下のような情報が該当します。
・ユーザーインタビューの記録
・実際の利用シーンでの観察(フィールドワーク)
・顧客アンケートの回答原本
・行動ログやセンサーで収集したデータ
・プロトタイプを試した際の反応やフィードバック
一次情報は、二次情報のように「誰かがまとめた情報」でも、「平均化されたデータ」でもありません。一次情報は、デザイナー自身が現場まで直接足を運び、ユーザーに接触することで得られる情報であり、「実際のユーザーの声」を通してユーザーを深く、正確に理解する出発点となります。
二次情報には便利さがある一方で、いくつかの限界が存在します。以下に代表的な理由を3つ挙げ、なぜ二次情報だけでは情報として不十分なのか説明します。
①書籍やレポートは「過去」の情報に基づいている
②第三者の要約・解釈が入り込んでいる
③特定の文脈や背景が欠落している
→書籍や調査レポートは、調査時点や出版時点のユーザー像を反映しており、すでに古くなっている可能性があります。とくにデジタルサービスやライフスタイルが急速に変化する現代では、数年前のデータがすでに現状を正確に映さないケースも多いのです。
→レポートや論文には、調査者や著者の視点や解釈が必ず含まれます。そのため、数値や事実が同じであっても「どのようにまとめられているか」によって受け取る印象は変わってしまいます。デザイナーが必要とするニュートラルな理解が歪められることも少なくありません。
→二次情報では、ユーザーが置かれた具体的な状況や感情の揺れ、生活のディテールといった「文脈」が抜け落ちがちです。ユーザーの選択や行動の背後にある理由までは見えにくいため、表面的な理解にとどまってしまいます。
私たちは指一本で世界中の情報にアクセスできる時代に生きていますが、たとえスマホによってリアルタイムに情報にアクセスできるとは言っても、その情報は過去のものであり、誰かのものであり、デザイナー自身が自らの経験を通じて獲得した情報ではありません。
当然といえば当然なのですが、二次情報は所詮は情報を見て「知った」だけであって、体験に基づいて「感じた」情報ではないのです。この「感じる」という行為にこそ、デザイナーが何よりも長けていなければならないことからも、自らの足で一次情報に触れることの重要性がわかるでしょう。
では、一次情報に触れることでどういったメリットがもたらされるのでしょうか。一次情報はデザイナーにとって「ユーザー中心」の姿勢をデザインや設計に落とし込むため出発点となります。以下に二次情報では得られない一次情報の強みを紹介します。
→インタビューやフィールドワークを通じて、ユーザーが今まさに直面している課題や行動を観察できます。時間の遅れがないため、最新の生活状況や社会的変化を直接捉えられるのです。
→数値データやアンケート結果では表れにくい「ちょっとした表情の変化」や「ためらいの仕草」など、ノンバーバルな部分や非言語的なサインを読み取ることができます。これらはユーザーが言葉にできない本音やユーザーの潜在的なニーズを理解する手がかりにもなります。
→二次情報ではまだ報告されていない「小さな違和感」や「生活の中での不便」が一次情報から浮かび上がることがあります。こうした発見は、新しい製品やサービスの着想につながる大きな可能性を秘めています。
一次情報と二次情報の違いをまとめると以下の図表のようになります。
種類 | 定義 | 具体例 | 特徴 |
---|---|---|---|
一次情報 | 自分で直接集めた情報 | ユーザーインタビュー、観察(フィールドワーク)、アンケート調査(オリジナル)、プロトタイプのユーザーテスト | 「生もの」の情報であり、ユーザーの現実や文脈に直結している |
二次情報 | 他人がすでにまとめた情報 | 本・雑誌、論文・レポート、ウェブ記事、統計データ(公的機関など) | 加工済みの情報で便利だが、解釈や文脈の欠落がある |
このように、一次情報は情報としては鮮度の高い「生もの」ともいえますし、より現場に直結した材料となることがわかります。
第三者である「誰か」のフィルターを通した二次情報ではなく、デザイナー自らがユーザーに直接会い、インタビューを行うなどして獲得した一次情報は、まさにデザインのヒントが詰まっているのです。
残念ながら、デザイナーの中で実際にクライアント、もしくはユーザーのもとに実際に足を運んで、彼らの生の声を聞く者は減っているようです。統計データや市場レポートといった二次情報を参照することも大事ではありますが、「人間中心」というデザインスタンスからも、実際のユーザーの声に耳を傾けないことはとてももったいないことではないでしょうか。
では、実際にデザイナーはどのように一次情報を集めればよいのでしょうか。ここでは初心者でも取り組みやすい代表的な手法を紹介し、それぞれの特徴や注意点を解説します。
対象となるユーザーに直接話を聞くことで、数値データだけでは見えない感情・体験・価値観を理解できることから、もっとも基本的で効果的な手法となります。
ユーザーインタビューを行う際に、注意しておきたい点については以下の3つです。
→「はい/いいえ」で答えられる質問ではなく、「どうしてそう思うのか?」「普段どんな場面で困りますか?」といった自由に語れる問いを投げかけましょう。
→インタビューは対話であり、尋問ではありません。相手の話を遮らずに聞き、肯定的なリアクションを心がけましょう。
→自分の仮説に合う答えを期待して「〜ですよね?」と聞くのは避けましょう。ニュートラルな立場で相手の意見を引き出すことが大切です。
(具体的な実践例)
・新しい学習アプリを開発する前に、中高生に「普段どのように勉強しているか」を聞いて学習環境のリアルを把握する。
・高齢者向けサービスを検討する際に、生活習慣や買い物の工夫などを日常的なエピソードとして聞き出す。
フィールドワークは、言葉では説明しきれない行動や習慣を理解するのに有効であり、ユーザーの「無意識の行動」や「実際の環境における不便さ」を知ることができます。
フィールドワークを実施する際のコツとしては、ユーザーに「見られている」と意識させすぎないように、自然な行動を促すことです。普段通りの行動をユーザーにとってもらう工夫が重要です。また、ユーザーの行動ばかりに注意を払うのではなく、混雑度や天候、音や光といったユーザーを取り巻く外部環境にも気をつけたいところです。
フィールドワークの実施によって得られた情報や気づきは、写真や動画、またメモとして残しておくと、後の分析で役立つことも多いのでおすすめします。
(具体的な実践例)
・スーパーで買い物をする人を観察し、商品の比較にどのくらい時間をかけているかを確認する。
・アプリを操作しているユーザーを横で見て、指の迷い、画面を見つめる表情、操作のためらいを観察する。
短期間で多くの人から意見を集めたいときに適しています。GoogleフォームやTypeforなどの無料ツールを使えば、低コストで手軽に始められます。
アンケート調査は実施するのが容易なので広く活用される手法ではありますが、いくつか注意点があります。
→専門用語や曖昧な表現は避け、誰でも理解できる言葉を使いましょう。
→選択肢だけでは意図に沿わない回答を見落とす可能性があるため、「その他」や自由記述欄を必ず設けましょう。
→年齢・性別・職業・利用環境などを把握すると、回答にどんな傾向があるかを分析しやすくなります。
アンケート調査の活用例として、新商品のパッケージデザイン案を複数提示して、どのデザインが好感を持たれるのかを投票形式で調査したり、既存のサービス改善のためにユーザーの「利用頻度」、「満足度」、「不満点」をアンケートで収集するなどがあります。ユーザーのより詳しい属性を知る手段として、割と簡単に採用しやすい方法といえます。
プロトタイプ(試作品)や既存サービスを実際にユーザーに使ってもらい、その反応を観察する方法です。デジタルサービスからプロダクトデザインまで幅広く活用されます。
ユーザーテストの特徴は、ユーザーの「実際の操作」を見ることで、設計者側からは想定していなかった問題が明らかになることです。設計者の想定していなかった新たな「気づき」をもたらしてくれる機会を提供してくれることは製品・サービス開発・改善においてとても大きな収穫となります。また、ユーザーテストは小規模での実施でも大きな効果が見込めます。5〜6人程度のテスターから改善点が見つかることも少なくありません。
ユーザーテスト実施の際のポイントを3つ紹介します。
→実際にユーザーが利用する際の状況やシーンをイメージできるよう、ぜひシナリオを作成しておきましょう。「この画面でチケットを予約してください」など、実際の利用に近い課題を設定しましょう。
→ユーザーが黙っていても、操作の迷いや戸惑いが大きなヒントになるので、ユーザーの仕草や所作にも注意を払いましょう。
→ユーザーに自身の行動だけでなく、操作時に考えていたことや感じたことを振り返ってもらうといいでしょう。
一次情報の収集は、ユーザー理解の精度を高めるだけでなく、チーム全体が「ユーザーのリアル」を共有するための重要なプロセスです。インタビューで声を聞き、観察で行動を見て、アンケートで傾向を掴み、ユーザーテストで検証する――これらを組み合わせることで、より確かなデザインの土台が築かれます。
手法 | 特徴 | 得られるもの(アウトプット) |
---|---|---|
インタビュー | 対象者に直接話を聞き、感情や動機、価値観を深掘りする手法。 | 深い洞察、エピソード、ペルソナ作成のための質的データ。 |
観察(フィールドワーク) | 実際の利用シーンや環境を観察して、無意識の行動や習慣を記録する。 | 行動パターン、環境依存の制約、改善のヒント(写真・動画・フィールドノート)。 |
アンケート調査 | 短時間で多数の回答を集め、傾向や分布を把握する定量的手法。 | 利用率・満足度の統計、セグメント別の傾向、仮説の検証データ。 |
ユーザーテスト | プロトタイプや実サービスを実際に使ってもらい、操作性や問題点を検証する。 | UXのボトルネック、改善優先度、具体的なUI修正案。 |
集めた一次情報は「生の声」や「生の観察結果」であり、非常に価値があります。しかし、それを単に集めただけではデザインには直結しません。情報をどう整理し、どんな気づきを引き出し、チーム全体でどのように活かしていくかが重要なのです。ここでは、情報活用の基本ステップを解説します。
大量のインタビュー記録や観察メモは、そのままでは扱いづらく、埋もれてしまいがちです。まずはより「見える化」して扱いやすくすることが必要です。
用いられる方法として代表的なものを3つ紹介します。
→メモを短いフレーズにまとめ、付箋やMiro、FigJamなどのオンラインホワイトボードに貼り出します。
→ 「同じような不満」「似たような利用シーン」といった観点で整理すると、パターンが浮かび上がります。
→「よく出てくる課題」=改善の優先度が高い問題であり、「少数だが重要な課題」=新しい価値創出やイノベーションの種であると捉えて、区分けしてみるとより課題の本質が浮き彫りになるでしょう。
※1 KJ法とは、文化人類学者である川喜田二郎氏が考案した、情報やアイディアを効率的に整理・可視化する手法です。断片的な情報やアイディアをカードや付箋に書き出し、グループ化して整理して問題解決や新たな発想につなげます。
※2 アフィニティ・ダイアグラムと呼ばれる、アイディアやコンセプトを書き出し、2つのアイディアのaffinity(親和性)を確認するために異なるカテゴリーでグループ化するフレームワークです。
整理したユーザー情報をただ並べるだけでは不十分です。ユーザーからの意見や行動から、「なぜそうなるのか」を掘り下げ、行動や感情の背景にある“インサイト(洞察)”を見つけていきます。
インサイト抽出の主な流れは以下の通りです。
まずは、表出している事実を捉え、なぜそのような事象が起こっているのか?といった背景を探ります。仮説等を等して、デザインの思考を通して解決策を示唆します。
(例)
・事実:ユーザーがアプリを途中でやめてしまう
・理由:入力項目が多すぎて面倒
・示唆:UIをシンプル化し、ステップを減らす必要がある
単なる行動の裏側に潜む、本質的な動機を探るのに有効です。
「面倒」「安心する」「楽しい」といった感情は、デザインに直結する重要なヒントになります。
一次情報は収集者の解釈に影響されやすく、個人だけで判断すると偏りが生じます。チームで共有し、多角的に検討することで信頼性が高まり、次のアクションにつながります。
→各メンバーが持ち帰った情報を持ち寄り、グループワークでまとめると、多様な視点が得られます。
→録音や動画を短く編集して提示すると、ユーザーのリアルな感情をチーム全員が体感できます。
→ペルソナ(代表的なユーザー像)やカスタマージャーニーマップ(利用体験の流れ)※3※3カスタマージャーニーマップとは、顧客がプロダクトやサービスを認知し、興味を持ち、購入、利用しカスタマーとなるまでの一連の顧客体験のプロセスをユーザーの行動や思考、感情の変化と共に時系列で可視化したもののことです。に落とし込むことで、プロジェクトの共通言語として活用できます。
※3 カスタマージャーニーマップとは、顧客がプロダクトやサービスを認知し、興味を持ち、購入、利用しカスタマーとなるまでの一連の顧客体験のプロセスをユーザーの行動や思考、感情の変化と共に時系列で可視化したもののことです。
これまで一次情報の活用方法について代表的な方法を紹介してきましたが、一次情報の活用の流れについてまとめると以下のような図表となります。
ステップ | 内容 |
---|---|
① 情報収集 | 観察・インタビュー・現地調査などで一次情報を集める。 |
② 情報整理 | 分類、KJ法などで情報を整理・構造化する。 |
③ インサイト抽出 | 「なぜ?」を掘り下げ、本質的な気づきを抽出する。 |
④ デザインに落とし込み | 抽出したインサイトをデザイン案(コンセプト・画面・サービス)に反映する。 |
⑤ 検証 | プロトタイプを作成し、ユーザーテストで仮説を検証する(反復)。 |
一次情報取得と活用例の実践イメージとして、「カフェのモバイルアプリ」をデザインするプロジェクトを考えてみましょう。
2章で紹介したユーザーインタビューやフィールドワーク(観察)を通して以下のような一次情報を得られたとします。
①インタビューで「ランチタイムは混雑して並ぶのが嫌」という声を得る
②観察で「席についてからアプリで注文する人が多い」ことに気づく
③アンケートで「ポイントカードをアプリにまとめたい」というニーズが浮かび上がる
④ユーザーテストで「注文履歴からリピート注文する機能が便利」という発見がある
あなたならユーザーにはどのようなインサイトがあり、どのような「アプリ」が求められていると仮装しますか?
先に挙げた一次情報を総合すると、単なる「注文アプリ」ではなく、待ち時間を短縮しつつ、常連客が使いやすいアプリが求められていることが見えてきます。こうしたユーザーの声だけでも、二次情報やカスタマーデータを含めた統計からでは得られない「実態」を教えてくれることがわかるでしょう。
ところが、一次情報の重要性に関しては理解してはいても、二次情報に流されてしまっているデザイナーは多くいます。よくあるのが、「世の中では今、〇〇というトレンドがあるから」といった一般論に流されるケースです。先のカフェのモバイルアプリの例でも飲食店で多く利用されているトレンドのアプリはあるでしょう。流行やトレンドが大事ではないわけではありませんが、いくらトレンドだからといって、「本当の意味でユーザーに求められているアプリなのか?」はわかりません。もしかしたら、アプリそのものが「求められている」とも限りません。「本質」はあくまで「なぜその人が困っているのか?」にあることを忘れてはいけません。
これまで述べてきた一次情報の重要性は、ユーザーの「リアル」を反映している点にこそあります。デザイナーは自分の感覚や好み、またトレンドに依存せずに判断する材料こそが一次情報なのです。ユーザーの「リアル」抜きにはユーザー中心設計は築けないことを忘れないでおきたいものです。
以上に紹介した一次情報の収集と活用方法は、デザイナーにとってデザイン設計をする上で必ずや大きな武器となります。他にはない革新的なアイディアが生まれる土壌づくりのためにも一次情報を重視する姿勢は、デザインの分野が拡大する中においても普遍であり続けることでしょう。
一次情報の収集とは、ユーザーの声に耳を傾け、行動を観察し、そこからまだ誰も気づいていない課題や可能性を見出すためのクリエイティブなプロセスなのです。
また、一次情報を集め、整理し、活用することは、「ユーザーに対する深い理解」と「課題解決の本質を見極める力」をデザイナーに与えてくれます。こうしたことこそが、よりユーザー中心で革新的なデザインを生み出すための鍵となるのです。
今日もあなたに気づきと発見がありますように
画面を回転してください